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厄除けに行きたい…

?生きなさい?活きなさい?逝きなさい?往きなさい?

 

 職場の異動が半年延び、それを契機に色々なことを思い出して憔悴している。

 

 以前師と話をして人生とは結局意味のないものでありその場その場で何かに意味があるように思いながら持ち直し続けていくようなものであるからそこまで気を落とさぬようにと激励していただいたが、それを思えば思うほど自分が分からなくなってくる。

 ここで自分を思い返して気晴らししておこうと思う。

 

 幼少期から一貫して思うことはヒトの作るものに興味があったが、平静生きる周りのヒトには興味がなく集団で行動するという意識がなかったしまして友達を作ろうという気も起きなかった。

 反社会的というか非社会的であり、義務教育という集団への動員によって自分は影響を受けたというか歪んだ気がする。

 いじめという集団的暴力に打ちのめされ、その恐怖から自分自身の気持ちに嘘をつくことを始めたのも嘘をつき始めたのもこの頃でそれを長いこと続けていると人間歪んでくるものである。

 そういう意味で私を詐欺師とか扇動者と言って喝破したヒトは今のところ師以外にはいないのである。

 要は社会との接し方を間違えて変な順応の仕方をしたためにその弊害に苦しめられているが、それ以外の接し方を知らないために(あるいはできないために)それを止められずに永遠に苦しむという構図である。(中毒症状に似ているのか?)

 その弊害が私の場合は不登校や引きこもりとして現れ、一定期間無気力状態に襲われその鬱積をヒトとの接触を避けることによって忘れさせることでここまで来た。

 だから会社勤めができないであろうし向いていないと言う理由はこの自分の不安定さから来ている。

 

 正直言ってなぜ自分がここまで生きていられるのか不思議なのだ。

 いや生きていられるというより生かされているという実感が強い。

 もし神がいたとして私を苦悩させて生き永らえさせそれを見て楽しんでいるのだとすれば相当な変態である。

 まあヒトを超越しているのであればそういう感覚があっても不思議ではないが。

 

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 鬼平がアニメ化して見ているのだが昨今の時代劇は非常に追い詰められている感が否めない。

 役者の育成を誤ったのか(していなかったのか)、予算の制約によって作品が作れなくなったのか(生かす場がなくなったのか)、映像技術の発展で陰影の演出が難しくなって時代劇自体が作れなくなったのか。

 いずれにせよこの試みは褒めてあげるべきだと個人的には思う。

 こんな風に時代劇を見て思う若者はいないか…。