読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ガーンビーの音楽再生一覧

厄除けに行きたい…

?生きなさい?活きなさい?逝きなさい?往きなさい?

 

 職場の異動が半年延び、それを契機に色々なことを思い出して憔悴している。

 

 以前師と話をして人生とは結局意味のないものでありその場その場で何かに意味があるように思いながら持ち直し続けていくようなものであるからそこまで気を落とさぬようにと激励していただいたが、それを思えば思うほど自分が分からなくなってくる。

 ここで自分を思い返して気晴らししておこうと思う。

 

 幼少期から一貫して思うことはヒトの作るものに興味があったが、平静生きる周りのヒトには興味がなく集団で行動するという意識がなかったしまして友達を作ろうという気も起きなかった。

 反社会的というか非社会的であり、義務教育という集団への動員によって自分は影響を受けたというか歪んだ気がする。

 いじめという集団的暴力に打ちのめされ、その恐怖から自分自身の気持ちに嘘をつくことを始めたのも嘘をつき始めたのもこの頃でそれを長いこと続けていると人間歪んでくるものである。

 そういう意味で私を詐欺師とか扇動者と言って喝破したヒトは今のところ師以外にはいないのである。

 要は社会との接し方を間違えて変な順応の仕方をしたためにその弊害に苦しめられているが、それ以外の接し方を知らないために(あるいはできないために)それを止められずに永遠に苦しむという構図である。(中毒症状に似ているのか?)

 その弊害が私の場合は不登校や引きこもりとして現れ、一定期間無気力状態に襲われその鬱積をヒトとの接触を避けることによって忘れさせることでここまで来た。

 だから会社勤めができないであろうし向いていないと言う理由はこの自分の不安定さから来ている。

 

 正直言ってなぜ自分がここまで生きていられるのか不思議なのだ。

 いや生きていられるというより生かされているという実感が強い。

 もし神がいたとして私を苦悩させて生き永らえさせそれを見て楽しんでいるのだとすれば相当な変態である。

 まあヒトを超越しているのであればそういう感覚があっても不思議ではないが。

 

www.youtube.com

 

 鬼平がアニメ化して見ているのだが昨今の時代劇は非常に追い詰められている感が否めない。

 役者の育成を誤ったのか(していなかったのか)、予算の制約によって作品が作れなくなったのか(生かす場がなくなったのか)、映像技術の発展で陰影の演出が難しくなって時代劇自体が作れなくなったのか。

 いずれにせよこの試みは褒めてあげるべきだと個人的には思う。

 こんな風に時代劇を見て思う若者はいないか…。

 

 

Journey OTALeTAO 札幌

 

 長いこと間が開いてしまった。

 二月は新しい職場への移動対策をしながら時折出かけるということで、ライブ観覧や北海道旅行に行き、帰ってきて少し休んだ処である。

 

f:id:FanTasMa:20170215183728j:plain

 まずJourney武道館ライブに行って二時間程見て楽しんできた。

 全盛期(スティーブ・ペリーがボーカル)がどれ程のものかは体験していないので分からないが、それでも観客は全盛期の世代の方々に交えて若者も少し混じっており彼らがどのようにしてここに至ったのかは興味深いと思った。(親に連れられた子供もいたが征服を着た高校生も散見したので)

 そしてその前後から予習として全盛期のアルバムを聴いたりしていたが、実際ライブを見ていて思ったことは他の公演に比べると今一つ声が出ていないという印象であった。

 もちろん一週間で全国を回っており今回行った武道館は終盤だったのでやはり疲れが出ていたのであろうと推察する一方で、ロックの発声はやはり白人の大きな体格に支えられているからであり、ボーカルのアーネル・ピネダが(別に人種差別や彼自身の歌が悪いとは思っていないしむしろ感動したのだが)フィリピン人であることを想起するとやはり体格の壁というものがあるのではないかと感じるとともにロック音楽は白人のものであるとしみじみ思った。

 

f:id:FanTasMa:20170215183811j:plain

 北海道旅行は小樽と札幌に二泊三日で行きそれぞれ一日半ずつ使って観光した。

 7年ぶりの家族旅行で行くことになったがこの先家族旅行はしないであろうということが今回の旅行の感想である。

 もはや我が家族は祖母や犬の世話、対外的な付き合いなしではまとまることが不可能になっていることを痛感し、そういうものがない状態で行った旅行の内実は悲惨であった。

 外に何かしらの意識を向けなければ内部崩壊が止まらないという有様である。(そこ、隣の某国に似ているとか言わないように!)

 

f:id:FanTasMa:20170215183849j:plain

 旅行の中で印象に残ったことは、ニッカウヰスキー工場やサッポロビール博物館を見学して領土を守るためには興業と居住が鍵ということである。

 サッポロビールの博物館の説明を読んでいて少なくとも明治時代には領土について真っ当な考え方があったということが確認できた。

 しかし皮肉にも今経済を潤わせているのは外国人観光客(特に隣の国々)が落とす金であり、外国人(あえて何人とは言わないが)の多さは昨年の香港旅行を思い出す程であった。

 とかく北海道旅行は見るべき所がたくさんあったしまた行ってみたいと思う。

 

f:id:FanTasMa:20170215184029j:plain

 

 

 

 今回は宿でなぜか聞きたくなり、リピートしたこの曲を紹介する。

www.youtube.com

 これ以上書くと陰惨な内実を思い出すので近況報告も含めて今回はこの辺で。

 

 それではまた…。

 

 

 

 

 

ポンコツ化するアヒ

f:id:FanTasMa:20170116144503j:plain

 年末に体調を崩してから食欲が落ちたきり戻らず、幸か不幸かプチダイエットになっている。(誤差の範囲内だが)

 それで母親も自転車で軽い自損事故を起こし(わき見してガードレールにぶつかったのだが)、しかし端から見ていて結構危なっかしいとかねてから思っていたので案の定というか、まあ惨事にならずに良かったとホッとしている。

 最近朝の7時に目が覚めたり、夕方には眠くなってきたり、忘れっぽくなることが増えているアヒはとうとう家人からクソジジイと呼ばれている。

 それに対して妹をクソババアと私が罵り返して(実際音楽や食べ物の嗜好が婆臭いので)、それを母が老兄弟とかドングリの背比べとか茶々を入れるところまでがお決まりである。

 しかし豚骨がポンコツになると旨味も無くなるのでいよいよもって害悪であると痛感するのである。

 最近嫌なことが起きて、それが目につくようになるとこんなポンコツでも生きていることがある意味幸運なのではないかと思い始めた。

 生きているだけで幸運を使い果たして、それ以外のところで悪運が発揮されていると思うと難儀だなぁと自分の人生を想う。

 1月は忙しいので2月になったら1回厄除けににでも行こうと思う。

 

youtu.be

 

 

 丁寧に間違いなく、無理しない。

 

 それではまた…。

最悪な年末と最高の初笑い

f:id:FanTasMa:20170103111831j:plain

 

 年末はとあることが原因で病床に臥せっており、ようやっと持ち直してきた具合である。

 昨年のうちに少し書いておきたかったがそんな状態ではなかったのでご容赦願いたい。

 体調を崩し、副業の信頼も失い、何よりその原因となった友を失い(私の意思で縁を切ることにしたが)年末には魔物が潜んでいるとは誰が言ったか忘れたがあるのだと痛感した。

 

 それで元旦に録画しておいた映画版アダムス・ファミリーを見ていたが、あまりにも面白くて続けて二つも見てしまった。

 

f:id:FanTasMa:20170103114212j:plain

 2017年初笑いにしては上々だったと思う。(特にこのシーンは秀逸である)

 

 

 それではこのテーマとともに

www.youtube.com

 

2017改めてよろしくということでそれではまた。。。

 

株式と経営の分離

 

 大統領選挙のことで前回書きたいことがあると言っていたが今回はそれを書こうと思う。

 

 最近の読書で知ったのであるが、著名な幾つかの経済学者は共通して資本主義の発展によって企業の株式と経営の分断が生じると指摘している。

 そして株式が投資・投機を含めた金融という側面と経営という産業の側面があったとしていずれ金融が拡大することによって産業>金融の関係が逆転し金融>産業になるがこれは由々しき事態を生み出すであろうという予言をしている。

 

 つまり実体経済から離れた金融や投機、投資といった株式の動きの規模と範囲が拡大し高速化することが実体経済の動きを撹乱させ混乱を生じさせる。

 

 80年代からアメリカはITと金融を重視させる方向に舵を切っていったといわれる。

 それは確かに一部の階層に富を生み出したが、他方で産業の衰退や中産階級の没落という犠牲が伴っていた。

 

 クリントンは80年代以降続くこの系譜を引き継いでいたとすれば(その影響下にあった勢力と換言しても良いかもしれない)、トランプはいわば翻弄され、苦渋を吞まされてきた産業の勢力である。

 アメリカの選挙において金融勢力の献金と影響力は大きいといわれているが、トランプはそういった勢力からの支援なしに自前の資金と家族の後援で選挙を戦ったということは何よりの証明ではないだろうか。

 これは金融勢力に対しての貸しを作らせて隙に付け入るという常套手段を防ぐことにもなるし、牽制にもつながる。

 また重要な会議をトランプ・タワーで行うということは情報の機密性を高めるとともに報道に対する防諜としての役割と選挙戦の報道に対する報復とも思える。

 

 さて今後トランプが大統領に就任したとして従来の主流派は様々な形で足を引っ張りにかかると思われる。

 意図的な議会の停滞や果ては暗殺といった手段に出る可能性もあると私は思う。

 

 トランプがプーチンを尊敬しているという発言は、プーチンがオリガルヒといわれるソ連崩壊に伴って権力を牛耳った勢力と戦ってきた経緯を知っているからだと私は思う。

 

 これからトランプは旧来の勢力を倒すないしは切り崩してその因習を正そうとしているのではないか。

 そしてどこまでそれを実行できるかが今後の重要な点であると私は思う。

 

 その変化が生じれば当然わが国も対応を改めなければならなくなる。

 

 これ以上手遅れにはならないでほしいと願っておく。